Tibet

20100208_2036
今から51年前、1959年3月10日チベット蜂起が起き、ダライラマはヒマラヤを越えた。
毎年この時期になると、中国警察のチベット人に対する取り締まりがより一層強化される。
つい2年前もあの大きな事件があったばかりだしね。
今回ネパールに抜けるときこの時期にかぶってしまい、アリに向かうときとは比べものにならんくらい検問が超厳重になってた。
そうなるだろうと思い最初に自首した警察署に行き、「ラサには戻らないから、ネパールへ抜ける道を通ることを許可するって一筆書いてくれ。」って頼み書いてもらってた。
それでも検問所ごとにいちいち怪しまれ、上官を呼んだりしてすんなり通してくれない。
隣にはでかい銃を持った武装警察が立ち、俺だけバックパックを検査される。
ネパール国境まで、一体いくつ検問があったんだろう?
国境の橋の真ん中にある赤のラインを越えたときは、腹の底から自由になれた気がした。
同じ頃ラサのジョカン前では、悪名高き中国警察の取り締まりキャンペーンの職質で、IDカードを持ってないだけのチベタン400人が捕まったらしい。

今回何でリスクの高いチベットを目指したかっていうと、どうしても「今のチベット」が見たかったから。(決して危険な旅が好きなわけじゃないw)
パソコンの前だけじゃ何もわからんし。
実際行ってみて、中国ってとこのヤバさは外国人の俺ですら、うんざりするほど肌で感じた。
政治のことはよくわからんけど、民主的じゃないことの恐さっていうんかな。

ネットでチベット関連のニュースを見てるだけで、いつも遮断された。
リアルタイムで監視されてるのがわかる。
ちょうどラサにいるときGoogleと中国がもめて、結局撤退した。
もちろんダライラマ関連のサイトは、最初からアクセスできない。
FacebookもTwitterもできない。
TVでは中国政府のプロパガンダをひたすら垂れ流す。
正しい情報を得られないということの恐さを初めて体験した。
ラサの街は武装警察と監視カメラだらけ。
歴史ある僧院にも、泊まってたホテルの屋上にも武警が不穏分子を見張ってる。
出会うチベタンはみーんな口々に漢人に対する不満を漏らし、すぐにでもダライラマのいるインドのダラムサラへ行きたいって言ってた。
実際にヒマラヤを越えた人にも何人もあった。
今多くの中国人が日本に観光に来てるけど、チベタンにはパスポートすら発行されない。
ダライラマの話しをするときは、周りを警戒して小声で話す。
もちろん写真を持つことも許されない。
隠して持ち込んだダライラマのDVDを仲良くなったチベタンに見せると、涙する人や写メ撮る人、画面の前で五体投地する人も。

「WE DON'T HAVE A FREEDOM」
数ヶ月前、ラダックで出会ったチベタン僧侶に言われたこの言葉がずっと忘れられんかった。
なるほど。
言論の自由、出版の自由、宗教の自由、活動の自由、文化の自由、人権…
なんにもなかった。
中国式アパルトヘイト。

僕等は言いたいことが言えて、やりたいことができる。
でも世界には、言いたいことが言えず、やりたいことができない人たちがいた。
当たり前だと思ってることは、全然当たり前じゃなかった。
ちょっと今まで自分のことばかり考えすぎてたな。

腐ってるのは、システム。
普通の一般の漢人の人たちにもむちゃくちゃ世話になったし。
あいつはなに人だなんてものの見方は好きじゃない。
でも正直、今回ばかりは考えてしまった。
チベット人にはチベット語で、中国人には中国語で話したかったから。




今回はシリアスな内容ですいませんw
でもこれがこの旅で見てきたこと、感じたことです。
わがままな外国人に力を貸してくれ、旅させてくれた現地の人たちには感謝してもしきれません。
人は独りじゃ何もできないことを改めて思い知らされました。
本当にありがとうございました!


THREE MONTHS IN TIBET おわり





写真UPしてあります。
画面右のマイフォトからどうぞ★









|

初日は荒野を進むこと22時間!
途中から軽くトリップw
なんとかその後もいくつかの検問を抜け、ついに西の果てアリに到着。
気づいたら、東から西へチベット横断してた。
恐ろしいほど、遠かった。

アリに着いたら、まずやらなくてはいけないこと。
警察に自首。
ここは捕まるために来る街。
何でせっかく検問突破しといて自首するかっていうと、自首して罰金を払いさえすれば、この西チベットに限りパーミットがもらえるっていう、ありがたいというか不思議なシステムがあるから。
チベット内の他のどの地域もこんなシステムはない。ここだけ。
だから、一応犯罪者なんで申し訳なさそうな顔して、自首w
書類の「被処罰人」って書いてあるところにサインして罰金払って、パーミットという名の自由をゲット!
ここにきてようやく変装いらずw



20100224_2813パンゴンツォ。
この湖の4分の1はラダック。
これは東側。8ヶ月前は西側にいた。
同じ湖に来るのに、何千(何万?)キロもの遠回り。
国境ってなんなんだろね。



20100225_2481 ど聖地マパムユムツォ。
この湖に、マハトマ・ガンジーの遺灰が撒かれた。
バキバキに凍ってて、あほらしいほど寒い!



20100303_4150_2西チベットの旅のあまりの過酷さに、めずらしく自分を撮るw
行く先々で乗せてくれる車か単車を探さなくちゃいけない。



20100302_4363_2 ガイドブックに「西チベットのヒッチハイクは、3日待ちは当たり前」 って書いてあったのを全く信用してなかった俺がバカでしたw
全っ然車来ねー!!
あるのは雄大な景色と牧民の家2軒だけ。



20100302_4275思い通りに動けなくてへこみまくってる30歳無職、牧民の少女に励まされるw
この日はこの子のお父ちゃんに頼んで、家に泊めてもらった。
結局車つかまえれたのは、ヒッチ開始から25時間後。



20100304_4099ようやくたどり着いたのがここ、グゲ遺跡。
その昔、ここにはグゲ王国っていう王国があったんだって。



20100304_4023その遺跡の近くに小さな穴があって、よじ登ってみる。



20100304_4028中には何十体もの首なしミイラ!
その王国があったころ、ラダックと戦争して処刑された人たちがこの洞窟に放りこまれたままになってた。



20100308_3844この辺一帯は「土林」 って呼ばれる景観が果てしなくつづくエリア。
現実離れしまくってた。



20100228_2976_3 ラストは、ずっと行きたかったカイラスへ。
ここで出発拠点となる村の人たちにこう言われる。
「死ぬよ。」w
途中標高5,600m以上の有名な難所があり、この時季雪がたくさん積もっててかなり危ないらしい。
じゃあ行けるところまででいいからって、ガイドを一人頼んで出発。



20100226_3405ヒザまで埋もれる雪の中や、凍った川の上を歩いたり。
荷物はクソ重いわ、標高高すぎで酸素足りてないわでもうフラフラ。
意地で歩きつづけること7時間。



















20100228_3146_25th Stageの、というより今回の旅全体のクライマックス、聖山カイラス!
朝陽に輝く、ど迫力のノースフェイス。
ここに来るまで何年もかかったけど、夢が叶った至福のときでした。












 

|

何年も前からどーしても行ってみたかったのが、ラサの他にもう一カ所。
3rd Stageで行ったインド・ラダックの隣、西チベットのド辺境にあるド聖地、カンリンポチェ(Mt.カイラス)。
でも季節は冬。
標高は平均しても4,000m以上。
ネットでニュースをチェックしたら「西チベット大豪雪」って書いてある。
ラサで会ったチベタンみんなに、「雪多いし検問も多いからムリ、やめとけ」って言われる。
あれ? これいつかどこかでも言われたようなw
ガイドブックにも、「西チベット目指した日本人3人組がいまだ行方不明」って書いてある。
コワイ。
でも行きたいw
冬は公共バスが走ってない。
街で聞き込み調査をしてると、運良くラサから西の果てアリ行きのシェアランクルを発見。
ツイテル!
善意の忠告をきかず出発。
でも12時間走ったところで、検問の警察に見つかり筆談で必死に頼み込むも撃沈w
外国人は政府の許可証が、4枚(!)必要らしい。
俺だけ降ろされ、そこからヒッチでまたラサにとんぼ返り。
Fuck!

それから数日後、あきらめきれず違うルートからヒッチでリベンジしようと準備してたら、前のアリ行きのランクルの漢人の運ちゃんがいきなり俺の部屋に来てこう言った。
「いい手があるぞ」とw
くわしく訊くと、その運ちゃんの知り合いのIDカードを使えと。
で、その知り合いおっちゃんにカードを借りに行く。
カードにはそのおっちゃんの若い頃の顔写真つきw
俺に似てるわけもなく、何度も「ホント大丈夫?」って訊いたけど、「大丈夫!」って自信ありげにそのおっちゃんは言う。
「もし警察に名前呼ばれたら、YESって返事すんなよ。外国人ってばれるから。中国人ぽく、おうって返事するんだぞ。」
そう言われ、その場で「おう。」の練習をしたw

もう戻らないつもりでラサに別れを告げ、いざ西へ、1,500kmの荒野を進む。
12時間走ったところで、前回追い返された検問所に着く。
運ちゃんが代表して乗ってる人全員(もちろん外国人は俺だけ)のIDカードを集め、道路脇の小屋にいる警官に見せに行く。
その間、そのまま車内で待つ。
俺はてっきり警官がID番号を記入し終わったら、運ちゃんがカードを持って帰ってくるとばかり思ってたら、なんとカードを持った警官が車の窓越しまで来て、一人ずつ顔写真を確認しながらカードを返却しだした。
ついにその警官が俺(俺じゃないけど)の名前を呼んだ。
「おう。」
そいつはバカなのか!?
何事もなくカード返却!
もう心臓バックバクw
名前のあとに何かふたこと目言われてたら、完全アウトだった。
だって、「おう。」しか練習してなかったからw
ゲートが開き、第一関門突破。
さらに西へ。








|

THREE MONTHS IN TIBET 4

チベット旅行記まだつづくよー!

ラサまで無事にたどり着いたのはいいんだけど、喜びにひたるのはまだ早く、すぐ次の課題が。
それは、宿。
どこかに宿泊するときは現地人・外国人問わずIDカードが必要で、その内容をコンピューターに登録され、中国政府が誰がどこに宿泊してるか一発で把握できるシステムになってる。
経営者側はパーミットを持ってない外国人を宿泊させると公安に罰せられるから、そういう外国人はお断りのところが多い。 (泊まってた部屋に公安が来て追い出された日本人もいる!)
冬のラサで野宿とかありえんしw
あいかわらず不安をかかえながら、チベット人経営の宿に行ってみる。
「パーミット持ってないんだけど泊まれる?」
「いいよ。君、中国人に似てるから。」
ツイテル!
変装しといてよかったあw
ショウくん、情報ありがとう!
ここでようやく何日もつづいた緊張が解け、部屋で一人何度も何度もガッツポーズw
侵入成功!!!!!
2009年12月26日、カトマンドゥを出て13日目だった。







それからは、ラサを拠点に行動開始。
のはずが、一週間ぶりのシャワーのおかげでまんまと風邪をひき、まず数日寝込む。
ユニクロのヒートテックのスパッツは寒さに負けて全っ然ヒートしてくれず、地元の人らがはいてる分厚い「ももひき」を買う(めちゃあったかい!)。

20100111_357チベット仏教の最重要な寺の1つ、ジョカン。
寺の中に入る人で、毎日大行列ができる。


Dsc_0134ジョカン前で五体投地(お祈り)する巡礼者。
夜明け前、めちゃくちゃ寒い中でやってる人も。
地方の人は自宅から五体投地で数ヶ月かけて、何百キロも先のここを目指してくる。
「信仰」とはどういうことかよくわからないけど、一心不乱のその姿を見ると泣けてきた。


Dsc_0040この寺を囲む巡礼路、バルコル。
時計回りにグルグルグルグル歩くのが、コルラって呼ばれる巡礼スタイル。


Dsc_0101乾燥させたヤクの肉は、こんな感じで売られてる。
チベタンはワイルドにこれをナイフでさいて食べる。


Dsc_0219ラサに来て思ったのは、物乞いが多いっていうこと。(みんなチベタン)
ダムニェンっていう楽器をベンベンしながら、メシ食ってるときをねらってくる。
中に入ってきても、店の人はなんにも言わない。
バラナシみたいにもっとくれとかひつこくないから、あらかじめ1マオ(約1.3円)をポッケに何十枚も用意しておいて、来たらすぐ1枚渡す。
それくらい多い。


Dsc_0080ばあちゃんも、


Dsc_0070_2チビたちも、生きるために。


Dsc_0507_3路上に座りこんで、手拍子しながら唄ってる人も。
お金置いていく人も多かった。


20100127_1633_2ある僧院からの眺め。
なんにもねー!


Dsc_0651 青い! 寒い!
聖なる湖、ナムツォ。
大きさは、琵琶湖の3倍。


20100130_1507バスも車も走ってないところは、トラクターをヒッチ。


20100201_1271たまたまヒッチで乗せてくれた車は、ある牧民一家の巡礼行脚中だった。
ノリでついていくことに。


20100201_1327その後3日間、寝食を共にした。
「バター茶飲めー、ツァンバ食えー」って。


20100212_1702 チベット暦のニューイヤー2日前。
メシ食おうといつもの通りを歩いてたら、次々と人がゴミを燃やし出し、いたるところで炎上。
炸裂してる何メートルもの爆竹や何十連発の花火を持ちながら歩いてる人もw
今年たまった厄払いのためか、壮絶なことになってた。


20100216_1861正月は、あるチベタン青年が実家に招いてくれてホームステイ。
外国人泊めたのばれたらやばいことになるのに。
本当にありがとう。
















 



















|

「ラサまでは検問が多くて危ない。バスの中では誰ともしゃべるなよ。」
そうドライバーのおっちゃんは言う。
旅の情報はネットや経験者から仕入れるけど、鵜呑みにはしない。
でも、現地の人が言うなら話しは別。
乗客は僕以外全員チベット人という中、一人人知れず精神不安定での出発w

R0012386
R0012401
R0012400
R0012385
R0012389 
緊張×極寒×悪路×空腹×疲労=ニゲダシタイw
標高5,000m以上の峠を越えながら行く、2泊3日の道のり。
夜中の3時に宿着いて、朝7時にたたき起こされ即出発したり。
もうありえん殺人スケジュール!
チベット人の中でもヨレヨレになっちゃってる人結構いたからねw
ただ耐えながら、早く無事にラサにたどり着けるよう願うばかり。
あと3日、あと2日、あと1日…
ここまで来て見つかってたまるかっつーの。
そしてついに…


















Dsc_0012_21バスの窓から遠くにポタラ宮が見えたときは鳥肌立った!
ここに来るまで、本当に長い時間がかかったから。(何年も)

結局検問は何度もあったんだけど、寒いからか公安は小屋から出てこず、バスの乗務員だけが降りてその小屋へ行き自分のID番号か何か記入しておしまいっていう感じだった。
俺ってツイテル!
イリーガルと知ってて乗せてくれた乗務員のおっちゃんたち。
こんな不法者にメシおごってくれたり親切にしてくれて、本当にありがとうございました! 一生忘れません。







|

チベット自治区って呼ばれるエリアの手前の街(非合法じゃないエリア)までは、気分もノリノリで足並みも順調だった。
でもそれまでのテンションとはうって変わって、緊張感はどんどん増してくる。
自治区内は、中国公安の検問がわんさかあるって知ってたから。
その1ヶ月前にも同じルートで日本人男性がチベット入りを試みて、途中で見つかり追い返されたらしい。
コワイ。
でも行きたいw
見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。
玉砕覚悟でとにかく行けるとこまで行ってみよう。
でもその前に、外国人には自治区に入るバスのチケットは売ってくれない。

Csc_0339_2 途方に暮れながら小さな街を何往復もウロウロしてると、チベット人のお坊さんと遭遇。
必死で事情を説明して、僕の代わりにチケット買ってもらった。
ありがとうございました!
これで侵入できるw ヒヒヒ…

20100218_2377 とても1枚目の写真のような「ザ・ツーリスト」的な格好じゃマズイと思い、自分では完璧なつもりな変装をしてラサを目指すことにw

バスに乗り込み、運良く誰にも話しかけられず、なんとかそのバスの終点へ。
そこはもうチベット自治区内。
第一関門突破!
とりあえずここまでは検問がなかった。(チベット専門のガイドブックには、ご丁寧に検問の場所まで書いてあるw)
降りると、その隣には何とラサ行きのバスが止まってる。
「乗るしかねえ!」
街なかを歩いてたり宿に泊まろうとすると、外国人は通報されることもある。
だからバスターミナルから外に出るわけにはいかない。
また誰かにチケットを買ってもらおうと、近くにいたチベット人のおっちゃんに話しかけると、その人そのラサ行きのバスの運ちゃんだった。
このチャンスを逃すまいとまた必死で事情を説明すると、「乗ってけ」ってw
出発は次の日の朝。
でもバスターミナルの外の宿に泊まるわけにはいかないから、バスの中で寝かせてくれって頼んだら、「俺の部屋で寝ろ」ってw
ツイテル!
これでラサに行ける!! (かも…)










|

THREE MONTHS IN TIBET 1

放浪の旅5th Stageは、そのチベット。
インド・ヴァラナシの1st Stageが終わってネパール・カトマンドゥに向かったのは、チベット入りの情報を集めに行ったんだよね。
チベットには旅行会社を通してビザの他に「外国人旅行証」っていう中国政府の許可証を取った上で、パッケージツアー(僕が一番嫌いなヤツw)に参加しないと行けないってことは知ってたんだけど、何かネパール側から1人で行ける裏ワザはないかなあと思って(チベットとはお隣さん)。
ツアーは全行程ガイドという名の監視人付き+ランクルチャーターっていう決まり。
当然単独行動はできないし、ローカルバスにも乗れない。
料金は高く、期間も短い。
なんでこんな決まりがあるかっていうと、中国政府はチベットの政治問題を外に漏らしたくないから。
旅では現地の一般人と接したい僕はこれに参加するはずもなく、でもネパール側からアタックする裏ワザも見つからなく、そのときは断念。
情報を集めながら機をうかがうことに。

結局その「機」が来たのは、それから8ヶ月後の2009年12月。
チベットのかつての首都ラサは、夏は中国人観光客だらけになるけど、冬になるとそれと入れ替わるように地方のチベット人巡礼者でにぎわう。
だからどうしても冬のラサに行きたい。
でもツアーは嫌だ。
でも行きたい。(ワガママ)
こうなったら中国側から自力で行くしかない。
というわけで、5th Stageは今回初イリーガルの旅。
簡単に言えば、やむを得ず不法侵入w

ネパールの中国大使館では30日ビザしかくれないんで、まずカトマンドゥからバンコクに飛び、チェンマイの中国領事館で90日ビザをゲット。
そのまま陸路で一気に北へ。
東南アジアな船に乗り、メコン川を越えラオスIN。
結局ネパールを出てタイ2泊・ラオス1泊だけで、4日目には中国雲南省IN。
年を越す前にはラサにたどり着きたかったから、寄り道一切なし!
ラオスの田舎の高床式住居だらけの村、すげー雰囲気よかったなあ。
またゆっくり行こ。
でもバンコクから長距離バスを乗り継いで国をまたぐ大移動は、次々に窓の外の世界が変わっていって1ヶ所じっくり滞在型の僕にはすごく新鮮で、めちゃテンション上がってた。チベットの手前までは…







|

ESCAPE

ヌけた。
ばいばい、チベット。
ただいま、ネパール。
3週間ぶりのシャワー。
嗚呼、自由ってスバラシイ。
しっかり休息して、次に備えるよ。































| | トラックバック (0)

ギャカーとペーユー

クンカムサン!
インドとネパールの写真アップしました。
画面右のマイフォトからどうぞ。

Dsc_0806_2

2月14日バレンタインデー、チベットは新年を迎えます。







| | トラックバック (0)

タシデレ!

遅れましたが、あけましておめでとうございます!!
日本、寒いっすか?
チベット入りして1ヶ月、ラサを拠点にあちこち動いてます(動けてます、今のとこ)。
ラサ市内はいたる所にブソウケイサツが配備され、
ソウコウシャまでじゅんかいしてます。
イジョウな光景です。
数珠しか持たない相手に、マシンガンですか?
何か事がありゃ、消す準備万端です。
生まれて初めて、「シハイ」ってやつをこの目で見てます(大げさでもなんでもなく)。
「ごうまんな力ではひずみが出るのも無理はない」
「ひずんだしわ寄せはいつでも弱者に」
ってタートルアイランドが唄ってるけど、またいつ2年前のようなことが起きてもおかしくないと思う。 もちろん起きてほしくないけどね。
まじ狂ってますよ、チュウゴクキョウサントウは(日本もだけど、その比じゃない!)。
一般のチャイニーズは、ええ人多いんだけどなあ。
まあ、このクソッタレな世の中、自分までもは腐らすことなく2010年も
「生まれたからには生きてやる」っちゅう感じです。
皆、今年もよろしく!




僕のブログ見てくれてる全友人必見のDVDです。
1,500円、安いっしょ!?
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%92%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%83%A4%E3%82%92%E8%B6%8A%E3%81%88%E3%82%8B%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%9F%E3%81%A1-Escape-over-Himalayas-DVD/dp/B000JMKH1Q/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=dvd&qid=1264499739&sr=1-1













| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

India | Japan | Movie | Nepal | Okinawa | Tibet | World